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日本人現代音楽作曲家の現在

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横山未央子 作曲家 修士(音楽)(東京藝術大学大学院作曲専攻)・修士課程在籍(シベリウス・アカデミー作曲科)

 

ヘルシンキに暮らして丸1年が経過した。東京で勉強していた頃は数多くの作曲科学生のうちの一人であった私が、現在フィンランドでおそらく唯一の日本人作曲家として日本のことを語るのは何とも不思議で恐縮しているが、日本の現代音楽の現状や自分の考えを母国語でまとめる機会を頂きとても感謝している。

基本的に作曲活動は個人で行われるものの、演奏活動をするには団体で活動していくことも必要だ。ここでは個人レベルのこととして日本人現代音楽作曲家のおおまかな作風の特徴や発想について、団体レベルではその活動状況について現状を紹介していきたい。

発想の源泉

「日本人作曲家の発想の源泉」というものを一括りに語るのは不可能であるが、西洋と比較した際に際立つものとして「仏教」、「伝統音楽」、「ポップ・カルチャー」を挙げたいと思う。

日本人は一般的に宗教観が薄く、私も敬虔な仏教徒の作曲家は一名しか知らないものの、日本にいた頃、般若心経や仏教的モチーフを用いた作品には仏教徒に出会うより多く出会うことができた。歴史的に代表的な作品として黛俊郎(1929-1997)氏の「涅槃交響曲(1958)」と「曼荼羅交響曲(1960)」があるが、長く日本に根付いている文化として、仏教は今後も使われていく題材のひとつだろう。般若心経の言葉そのものやリズムなどの具体的な要素と、救いを求める過程などの仏教的な概念、両方とも音楽的発想として作曲家達に用いられている。

逆に西洋と比較して「使われない」要素としては、「中心をとる」という考え方がある。ベートーヴェンからベルクまで、時にハーモニーの両端の音の距離間の中心が意味を持つことがあるが、その発想の仕方は一神教と関連しているのではないかと感じている。もしこの仮説が正しければ、「中心をとる」考え方は、多神教である神道も普及している日本では見受けられないだろう。

仏教、神道と同じく歴史が長く今後も廃れることがないと思われる題材に伝統音楽がある。ここでは宮廷音楽である雅楽や江戸時代(1603-1868)の庶民の音楽であった長唄を指す。伝統音楽は世襲で受け継がれるものが多いため、残念なことに宗教と同じ程度に多くの日本人にとってまだ縁の薄いものであるが、少しずつその普及が目指され日本の現代音楽作曲家にとっても学習すべき分野のひとつとなっている。例としては1998年告示の学習指導要領で中学校において一種類の和楽器の習得が求められていることや、和楽器を用いた作曲コンクールの開催、1932年から続く日本の歴史あるコンクールのひとつである日本音楽コンクールでも和楽器の使用が認められていることが挙げられる。武満徹(1930-1996) 氏(以下敬称略)の琵琶、尺八とオーケストラのための作品であるノヴェンバー・ステップスによってひときわ海外にも知られるようになったことでもあるが、日本の伝統音楽では弦が掠れる音や息を多く含む音など雑音に美点を見出してきた。このことから、日本の伝統音楽はドイツの現代音楽作曲家ヘルムート・ラッヘンマン(1935- ) 氏作品のように、若手作曲家への影響を及ぼしうる要素であるだろう。

3点目についてだが、アニメ、漫画、ビデオゲームなどの日本のポップ・カルチャーが全年齢から一定の支持を得るような地位になったのは体感としてここ数年のことで、私の世代がアニメや漫画等と共に育ち、今も親しんでいる最初の世代ではないかと思う。よってそれらを題材にする作曲家もまだ多くないが、少なくとも、アニメ文化から影響を受けている辻田絢菜(つじた あやな、1989-)氏やファッションから着想している吉田文(よしだ あや、1992-) 氏などがそれらを積極的に使用している。

一人の作曲家として、宗教的基盤や歴史もない中で西洋の楽器を用いることの意味や日本人としてどう作曲していくべきか考えてきた。日本のクラシック音楽作品を特徴づけるにあたり浮かび上がってきたことは、東アジアの宗教観や日本の新しい文化との関わりは音楽に新しい影響を与えるだろうということだ。これは個人の意見であるが、作曲家は本人のできうる限り挑戦を続け、新しく且つ聴衆に何かを訴えるような音楽を書くべきであるから、ただ発想の源泉が新しいだけででは務まらない。日本独自の文化や価値観を生かしながら、どれだけの音楽的深みを表現できるかが課題である。

日本人現代音楽作曲家の作品の特徴

人口約1億3千万人の国の、まだ歴史に淘汰されていない作曲家の特徴をひとつにまとめるのは難しいが、それでも特徴づけようとするならばそれは特殊奏法の少なさにある。上で述べたように日本では伝統的に音の掠れや雑音を美しく思うところがあり、それは武満徹にも生かされているのだが、ヘルムート・ラッヘンマンの登場により今やヨーロッパの作曲家の方が掠れや音程のない音を使用するようになっている。今年5月にヘルシンキ大学の音楽学の授業で講義をさせて頂いた際、フィンランド人学生の作品と私の作品の一部分を学生たちに聴いてもらった後国籍を推測してもらうということを行った。その結果多くの学生が「日本人の作品=武満のように伝統音楽から影響がありノイズが多い」と推測し、正解と逆の方へ挙手をした。協力してもらったシベリウスアカデミーのフィンランド人学生が特にノイズへの偏愛が強い作曲家であったことも災いしたと思うが、私を含めて「普通の符頭」を書く日本人が多いことを認識する機会となった。

また基本的に現代日本人の作品はひとつひとつが長くなりがちである。これは一文が長ければ長いほど丁寧さが増す日本語の影響を少なからず受けているのではないだろうかと感じている。構成や時間配分についてはフィンランド人の方がより緻密に計算して行っている。長ければ良いというものではなく、終わるべきところを見つける力を私たちは学ぶ必要がある。

海外での日本人作曲家

母校である東京藝術大学の作曲科は一学年15人とシベリウスアカデミーの作曲科全体に匹敵する大所帯なのだが、海外留学を経験するのは各学年およそ一人ずつである。これが私立大学だと事情も変わってくるのかもしれないが、少なくとも東京藝術大学(以下藝大)出身の作曲家は日本でのみ教育を受けている割合が極めて高い。そしてその留学組をこの10年以内で調べてみると、フランス6名、ドイツ2名、イギリス、デンマーク、フィンランド各1名という内訳になる。藝大のこの結果は、日本人として初めてパリ音楽院(現・パリ国立高等音楽・舞踊学校、以下CNSMDP)に留学した池内友次郎(いけのうちともじろう、1906-1991)氏の影響が大きい。池内氏は留学後藝大作曲科教授に就任し、日本にフランス式の教育法を取り入れた。現在も入学試験や学内試験ではフランス流の和声課題が実施されており、教授・准教授5人中4人がフランス留学から帰国した者で構成されている。現在も留学生全体で見て多くの者がフランス(CNSMDP)で勉強に励んでいる。

多くの日本人作曲家が世界中で活躍している中、特に武満徹、細川俊夫 (1955-)氏の2名を日本の美学を生かした作曲家として挙げたい。二人とも日本の伝統的演劇のように遅く、間を保ち、透明感のある不協和音を用いる作曲家であり、彼らの作品からは「日本らしさ」を感じることができる。

世界で作曲家として活動していく時、もちろん伝統音楽や「間」、仏教思想は日本人作曲家として普遍的な個性たりうるが、今後上記二名に匹敵するような個性を得るには他にどのような可能性があるだろうか。

新しい可能性として、上でも述べたようにポップ・カルチャーが挙げられる。新しい文化は新しい日本像を作り、世界の他地域にはない個性を得るに違いない。

個人的には、世襲制度により身近に感じにくい日本の宮廷音楽や演劇音楽よりも、祭囃子など地域レベルの非常に小規模な音楽の再発見に期待したい。時と共に洗練されていった伝統音楽とは異なり、祭の音楽は大太鼓や掛け声などが入り賑やかで力強い。作曲家の生まれ育った地域の祭や民謡は、より個人と密着した自然な形で作曲家の音楽観に影響を与えているはずであり、それらの音楽的価値の再発見は作曲家の音楽的個性を形作る上で助けとなるのではないだろうか。

作曲家の団体活動、フィンランドのKorvat auki! と比較して

作曲家が自分の作品や他者の作品を紹介したいと思った時、団体での活動は大規模な活動を可能にする。日本ならばかつて武満徹が所属した「実験工房」や、間宮芳生 (1929-)氏らによる「山羊の会」などが有名だろうか。

フィンランドの若手作曲家の協議会であるKorvat auki! は若手が演奏会の企画、助成金の申請、演奏者の確保などすべてを行う団体で、年二回の定期演奏会に年数度の演奏家を招いてのワークショップ、コラボレーションコンサートを主催している。約40年の歴史があり、かつての若手会員たちはサポート会員として資金面の援助を行っている。しかし日本にここまで大規模な若手作曲家協議会は存在しない。それはなぜか。

ひとつに、人数が多すぎ、居住地域が広すぎてまとまりにくいことがある。東京都とその近郊だけで、作曲科のある芸術大学、音楽大学は10以上ある。これに作曲科学生ではないが作曲家である会員が加わると、一つの会として共通認識を持つには不可能な程の規模となってしまう。東京中心部から50km〜70km以内は首都圏と呼ばれ発展しており、この広い範囲の中で会員が一箇所に集まることも難しいだろう。

ふたつ目に、学生が自分の活動のみに集中し閉じこもってしまうことが挙げられる。これは作曲という個人活動に加え、乏しい討論の経験と内気な国民性が相まったせいではないかと考えている。若手もいずれはプロフェッショナルな作曲家協議会に所属するようになるものの、基本的にそのような大規模な協議会は大人のためのもの、という印象があった。

Korvat auki! ほど積極的に活動する団体ではないものの、日本国内の国公立芸術大学間では毎年一度「五芸祭」と呼ばれる祭が催される。これは日本の国公立芸術大学が計五校であることに由来する。運営は学生主体で行われるが、日本全国を結ぶ規模の大きな祭典であるため、一年に一度しか開催できないのが惜しまれる。

プロフェッショナルな作曲家のための協議会は多くあり、複数の協議会に所属し横のつながりを享受する作曲家は多い。学生同士、友人同士で作った少人数のグループも無数に存在しているが、年間一度の開催がほとんどである。

その中で特徴的な作曲家団体としては、同じ師匠に学んだ者同士で構成されているグループが挙げられる。これは作曲家の人数が多いからこそ可能なことであろう。大学は学生数が多く、お互いのレッスン観察からも学ぶべきという姿勢からグループレッスンで学ぶ。よってある程度学年が近い学生同士は同じ師に学んだという戦友のような共通意識を持つことになり、このような門下生のグループを生み出しやすくなっているのだろう。聴衆としての利点としては、好みの作曲家の属する上記のような師弟関係の演奏会に赴けば、おそらくいくらか似た作風の作品たちに出会うことができる、ということにある。

日本の目上を尊敬する文化が師弟関係を重視した会の発端の一部を担っていると考えられるが、この文化はどの分野でも同時に若手が軽視されやすくなる危険を孕んでいる。幸いなことに会議の際に若手作曲家にも意見を求める会の話も聞く。これらのような作曲家の門下生による会が継続していくには、年長者と若手がどれだけ活発に、対等に関わっていくことができるかに懸かっているだろう。

ところで、これらの門下の会の演奏会も通常一年に一度である。一つの会が年に一度しか演奏会を主催しないからこそ、作曲家たちは複数の会に所属し、幅広い交友関係と年間数回の演奏の機会を得ることができるのだろう。

作曲家と演奏家による団体

作曲家同士で構成された団体だけでなく、作曲家と演奏家が作り上げている団体もある。ここでは代表的な例として「アール・レスピラン」と「アンサンブル室町」を挙げる。

「アール・レスピラン」は1985年に結成された室内オーケストラである。代表者は2016年現在藝大副学長を務める作曲家の安良岡章夫氏で、オーケストラはそれぞれがプロフェッショナルとして活動し、バッハから現代作品に至るまで演奏する。

「アンサンブル室町」は2007年に結成された、ヨーロッパのルネサンス・バロック時代の古楽器と日本の伝統楽器からなるアンサンブル団体である。代表者は藝大准教授であるチェンバロ奏者、ソルフェージュ研究者のLaurent Teycheney氏。特定の作曲家が所属している訳ではないが、毎回の公演で複数の作曲家への新曲委嘱を行う。

アール・レスピランが伝統的なオーケストラ楽器を用いているのに対し、アンサンブル室町のメンバーはそれと重複することのない古楽器奏者、和楽器奏者で占められている。両者とも積極的に新曲初演を行っているものの、編成が重複しないためそれぞれ団体として個性を保つことができている。

作曲家と演奏家が同じ目標を持ってひとつの団体を持てば、作曲家は少なくとも作品のための演奏者を確保できない不安から解放される。仕事が異なる故に演奏家と作曲家の間には溝ができてしまうことがあるが、同じ団体の会員として演奏家と意見を交え活動することができるのは作曲家にとってこの上なく心強いことである。今日、ワーグナーにおけるバイロイト祝祭管弦楽団のような自分の作品だけを演奏するオーケストラを持つことは不可能に近いが、もしアール・レスピランの安良岡氏のように作曲家が指揮などの形で演奏にも携わることができれば、このような会を結成することはいくらか容易になるだろう。

終わりに

 日本の人口はフィンランドの約20倍と人数が多すぎる故に、フィンランドのように作曲家たちがまとまるには難しいところがある。またクラシック音楽の本場であるヨーロッパから離れている上に国民が英語を話せないために最新の情報を得られず、ヨーロッパの作曲界の「流行」から遅れている部分があるだろう。武満らの世代とは異なるがヨーロッパの流行とも異なる、微妙な位置に現在の日本現代音楽は位置している。

しかしそれぞれの演奏会の頻度は高くないながら、国内には様々な形態の作曲家協議会や作曲家を交えたアンサンブルがある。ヨーロッパから離れているからこそ際立つ文化の違いもある。様々な国から帰国した留学生たちもいる。今後日本の作曲家たちに必要なのは、世界の作曲家界とより関わっていくことと日本人作曲家として新たな境地を切り開いていくことではないだろうか。日本の優れた作品が歴史に埋まることなく、フィンランドやその他多くの国で演奏されていくことを願ってやまない。

最後に、ご多忙の中この文章を翻訳してくださったLasse Lehtonen 氏に感謝の意を表します。

 

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装画 横山未央子作曲 「Ritual for Orchestra」のスコアより
© 横山未央子

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